弾丸型と涙滴型の2つの物体を同じ速度で打ち出すとどのような運動をするでしょう。
推力が無い場合は抵抗によって運動エネルギーが消費され、速度がだんだん落ちてやがて止まります。
抵抗が及ぼす影響を動画にしてみました。

涙滴型は抵抗が小さいのでなかなか速度が落ちません。
理想の形と言われる涙滴型は弾丸型の1/3〜1/10程度の抵抗しかありません。

弾丸型と涙滴型は何処が違うのでしょう。

図の様に前半の形には大きな違いは有りません違うのは後ろの形です。
涙滴型はスムーズに流れ去るようになだらかに絞り込まれています。
弾丸型は垂直に切り取られています。
このように形状が急に変わる場所、前から流れてきた水の影になるような場所は流れが剥離して乱流が背後を覆います。
剥離が発生すると抵抗が急激に大きくなります。
楕円型のようになだらかな形をしていても、蔭になる部分で乱流が発生します。ただし、なだらかなぶん弾丸型よりは乱流の規模が小さく、抵抗も少なくなります。

青で示したのは剥離が起き易い場所です。
足の裏や頭の後ろは陰になり易く、注意しないと剥離が起き、抵抗が増加します。
腕と腕の間の隙間が大きいと、肩や腕の内側から腕を巻いて脇の下に流れる量が増えるので、腕から脇が流れの陰になり乱流が発生し易くなります。
腕と腕の間を閉める事と、足の裏や頭の後ろを水平にする事は重要でしょう。

三つの抵抗

今まで説明した抵抗は「圧力抵抗といい、水中の抵抗の大部分を占めます。水中の抵抗としては、その他に「摩擦抵抗(粘性抵抗)」が有ります。
身体の一部が水面に出ている場合は、波を作る抵抗「造波抵抗」が発生します。
造波抵抗は速度によって複雑に変化しますが、水泳競技の速度は造波抵抗から見れば最も不利なあたりになります。

実際の抵抗値

訓練を受けた泳者の抵抗値ははどのくらいになるのでしょう。
実際に計測した人間の体表面積基準の抵抗係数 *(資料3)
速度範囲 1.3m/秒 〜 1.8m/秒 の時 抵抗係数 cD=0.03
必要なパワーを計算してみましょう。
50mを世界記録ペースの22秒で進む時、抵抗値は およそ130N。 速度を保つ為には0.4馬力程度の推進力が必要です。
 人体と似たような細長比の流線形(涙滴型)の抵抗は1/5以下以下だそうです。
訓練を受けた泳者の抵抗値はどれも似たような値をを示します。
抵抗係数の値を書く時に速度範囲が限定されているのは、速度によって抵抗係数cDが変わるからです。もう少し正確言うと速度と関係の有る数値である「レイノルズ数Re」と「フルード数Fn」によってかわります。
しかし、体全体と四肢と指先はそれぞれレイノルズ数やフルード数が大きく異なるので、泳ぎのストロークのような話になると問題が非常に複雑になります。
実はパワーを計算した50m22秒の速度は上記速度範囲を超えています。
上記速度はcDが急変する速度(遷移レイノルズ数)を超えていると考えられ、一般に速度が遷移レイノルズ数を超えれば抵抗係数が安定している事が多いので、参考までに計算してみたものです。

 
 
 

 

 
 

元に戻って、基本的な事から考えて見ましょう。
流れの中に置かれた物体は力を受けます。
物体はある方向に押され(或いは引かれ)ます。物体の向きを変えようとする力も働きます。
前者を並進力、後者を回転力と言います。
並進力を単に「力」、回転力を「モーメント」と言う事もあります。
通常は力を成分に分けて呼びます。揚力抗力、などというのがその例です。
左は、空間の3つの座標で表す為に6つの成分に分解した例です。
x軸方向、y軸方向、z軸方向の3つの並進力と、x軸周り、y軸周り、z軸周りの3つの回転力、合計6つです。
流れの方向を基準として、揚力、抗力、横力、縦揺れモーメント、偏揺れモーメント、横揺れモーメントという分け方が良く使われます。
これらはあくまでも物体に働く力を便宜上分けただけのもので、物体に働く並進力と回転力は1つです。
うまく泳ぐ事は、おおもとの並進力と回転力を最適に調整して利用する事です。

速度と力

 力の大きさは速度の二乗に比例します。
簡単にする為、流れを横から見て進行方向と上下方向の力だけに注目してみましょう。
受けた並進力を、流れと同じ方向の成分「抗力(抵抗)」と、流れに直角の成分「揚力」に分解して表します。回転力は1つの平面で1つですから、「縦揺れモーメント」そのものです。
右の図では下側が上側の二倍の速度の状態を表しています。
速度はが2倍になると、揚力、抗力、回転力、共に2の二乗の4倍となり、状態を維持するためには2の三乗の8倍のパワーが必要になります。

釣り合い

早く泳ぐ為には推進力を限界迄出し切るわけですが、推進力が抗力に勝っている間は速度が増加し、抗力に負けると速度が減少します。速度が変化すると抗力の大きさが変わり、やがて抗力が推進力と同じになって速度が一定になります。つまり自動的に一定の速度で釣り合うわけです。
揚力は浮力と重力に対して釣り合う必要がありますが、速度が変わると揚力だけが変化するので、身体の傾きや形を変えて揚力係数を調節しなければなりません。

水中を一定の速度で進んでいる時はに
全ての成分が釣り合っています。
泳ぐいでいる時はこれらの力を無意識に調整しています。

 

効率の良い手の平の角度とストロークの方向

上はオールの特性を調べるため使われた平らな板の揚力と抗力のデータから作成したグラフです。*(資料2)
横軸は板の傾きで、0度から90度迄取ってあります。縦軸は揚力係数、及び抗力係数で、ゼロから2までの目盛りが振ってあります。茶色の線は揚力係数、緑の線は抗力係数です。
解り易くするために、揚力、抗力、の2つの成分からおおもとの並進力(以降、全並進力と書きます)を出しました。全並進力はピンクの線です。
青の線は全並進力の向きが判るようにブレードに垂直な角度を基準に表したものです。目盛りを揚力係数と同じ軸を使って読めるようにしました。範囲は僅か−0.8度から1.2度で、どこでも板にほぼ直角という事が判ります。
グラフで見るとおり、全並進力は最大1.77、揚力は1.38、抗力は1.2、と全並進力が一番大きいので、使えるならば、全並進力を使うのが好ましい事になります。
グラフによると、最も力が出るのは40度付近の傾きで流れが板にあたる時です。
既に青い折れ線で見たように発生する全並進力の向きは板に直角です。
したがって、 最も力の出る所を有効に使う為には、板の向きは進行方向に対して直角、流れの当る角度は板に対して40度になるようにすれば良い事になります。
両方を同時に満足させる為に、板の面は常に進行方向に対して直角に保ち、ブレードを真後ろではなく、横滑りさせて斜め後ろに動かします。横滑りの角度は90−40=50度です。 

板を進行方向に対して直角にする事と、流れが当る角度を40度にする事を同時に満足させる為に、板を進行方向に直角に保ちながら横滑りさせて流れが斜めに当るようにしたのが、上のアニメーションの「全並進力を使う」ケースです。
泳いでいる時は水が身体に対して動いている為、迎え角や横滑りの角度は見かけと変わります。
止まっている時は横滑りの角度は50度でしたが、泳いでいる時は板の水に対する相対速度が小さくなるので、横滑りさせる角度は小さくて済みます。泳者が板を後ろに動かす速度の半分の速度で進んでいるとすると、滑らせる角度は30度で済みます。
 以上は平らな板で水を掻く場合ですが、水泳で実際に使うのは手ですから、特性が違います。
板の場合は流れに直角でしたが、手の場合は力の方向が後ろに傾く事が予想されるので、若干角度を付ける必要が有りそうです。最適な横滑りの量も違います。
推進力は手ごたえとして直接感じられる筈なので、優秀な泳者は自然に最適な滑り率や掌の角度を習得していると思われます。

 
 
 

 

 

動画 (戻る)

流体中の物体の抵抗の式 R=cD(1/2)ρV^2S より物体の位置を計算して描画しています。
cDは抵抗係数といって、物体特有の数値です。
ここでは弾丸型のcDを0.3、涙滴型のcDを0.05、として計算しています。
(この例ではcDを一定として計算していますが、cDは流体の性質や速度によっても変わります。違うもの同士を比べるためにレイノルズ数というものを使います。)

涙滴型 戻る

水滴型、液滴型、とも言います。いわゆる流線型、飛行船の胴体のような形です。
実際は落下する水滴は涙滴型になりません。
落下する水滴は、小さい時は球形、大きくなると下側から潰れはじめて饅頭型になり、7ミリから8ミリくらいになると持ちこたえられなくなり、壊れます。

剥離 (戻る)

ここで問題になるのは、流れが表面から剥がれてしまって、多数の渦で満たされた領域が出来る状態です。
剥離が発生すると圧力のバランスが崩れ抵抗が発生します。(圧力抵抗

剥離が起きるのは、粘性の為物体表面の流れが速度を失ってくるからです。そのため後方ほど剥離が起き易くなります。
球形や楕円形のように前後同じ形でも後方だけで剥離が起きるのはその為です。
粘性がなけば弾丸型も楕円型も剥離は起きません。抵抗だけでは無く、揚力など全ての力がゼロになります。(ダランベールのパラドクス

摩擦抵抗(粘性抵抗) (戻る)

流体の粘性の為、物体の表面との間に抵抗力(せん断応力)が発生します。粘性が大きなものとしては水飴などが有ります。
上図のように物体の表面近くの流れが遅くなります。(レイノルズ数

圧力抵抗 (戻る)

 物体の形状に依存するので、形状抵抗とも言います。
物体周囲の流れが粘性の影響を受けて運動を乱された結果、周囲の圧力のバランスが崩れて発生します。
圧力の乱れは揚力や回転力も発生させます。(剥離)(ダランベールのパラドクス

ダランベールのパラドクス (戻る) 

18世紀のフランスの数学者ダランベールは、流体力学を研究して「流体中の物体に働く力の総和はゼロになる」という結論に達しました。この結果は流れの中の物体は力を受けるという経験的事実と反しているので、彼は論文に「流体抵抗に関して幾何学者に提出するパラドクス」と名付けて発表しました。
ダランベールが考えた流体は粘性が無い流体(完全流体)でした。

翼のまわりの流れを例にとってみましょう。
中心の流れは緑の丸で囲った部分で翼に当り上下に分かれて後方の赤丸で囲った部分で再会し、流れ去ります。
粘性が無い場合は、流体の圧力と速度のバランスがとれるように、下側の流れが赤丸部分で後ろ縁を回りこんで上面に流れ込み、上面で再会してから流れ去ります。(赤丸部分で上面から上向きに流れ去る)
翼に作用する力は全方向にバランスがとれているので、全体としてはゼロになります。
粘性があると、流れがエネルギーを失って後ろ縁で剥離し後方に流れ去ってしまいます。(赤丸部分で後端から後ろ向きに流れ去る→出発渦)
粘性による影響は他にも現れます。中心の流れが当る緑丸の位置は後退します。
 静止している流体が動き出した瞬間は粘性の影響が蓄積されていないので、一瞬左の絵のような流れが観測され、右の絵のように変化するそうです。
粘性の影響で流れが右の絵のように変化すると、上面の流れは速く、下面の流れは遅くなり、後端の会合点で一致せずに流れ去ります。(翼回りの循環)
上面が速く、下面が遅くなった結果、揚力が発生します。
粘性は僅かな力で物体周囲の流れに大きな影響を及ぼします。
圧力抵抗と揚力は、ともに粘性によって引き起こされた圧力のアンバランスです。

レイノルズ数Re(戻る)

流体が持っている粘性と慣性の関係を表したのがレイノルズ数です。
レイノルズ数は粘性が勝っている場合は小さく、慣性が勝っている場合は大きくなります。
渦のような局所的な動きはレイノルズ数が小さいと発生しにくく発生してもすぐに消滅してしまいます。小さい渦ほど粘性の影響を大きく受けます。
レイノルズ数が大きいと、渦が長時間残るので乱流が発生しやすくなります。

上の図は種々のレイノルズ数の流れの様子を示したものです。
Re=25では1対の大きな渦しか発生していません。抵抗は粘性抵抗が主体で大きな値を示します。
Re=100になると渦が離脱するようになり、次々と作られては運びさられます。
Re=1500になると、多数の渦から成る乱流域が出現します。ただし、細かい渦はすぐに消えてしまいます。
Re=100000になると、細かい渦まで生き残るようになり大小の渦が物体背後を覆い尽くします。粘性抵抗が占める割合は小さくなり、速度が変化しても抵抗係数が変化しなくなります。
Re=1000000では乱流域が狭くなって抵抗係数が減っています。
レイノルズ数がある値に達すると、物体表面の流れが層流から乱流に変化するために、粘性により遅くなった表層の流れに上層の速い流れが混ざって速度が上がり、全体として剥離しにくくなる為です。(ディンプル
低い抵抗係数への変化は急で、そのレイノルズ数を遷移レイノルズ数と言います。
遷移レイノルズ数付近を過ぎると、また抵抗係数は一定になります。
球の場合は遷移レイノルズ数がRe=3×10^5のあたりにあります。

(戻る

Re=VD/ν

V(m/sec)は速度 D(m)は代表長さ ν(m2/sec)は動粘性係数です。

ディンプル(戻る)

 ゴルフボールの表面に小さな凹みが付いているのは飛距離を伸ばす為だといわれています。
物体の表面の流れを上下かき回すと、粘性により遅くなった表層の流れに上層の速い流れが混ざって速度が上がり、剥離しにくくなります。剥離が小さくなると圧力抵抗が減ります。
流れを乱して上下かき回す為につけられたのがディンプルです。
抵抗が急変する遷移レイノルズ数のちょっと手前の速度では、表面の流れを僅かに乱すだけで、抵抗が激減します。
ディンプルには欠点もあります。流れを攪拌する仕事のために新しく抵抗が発生します。
ゴルフボールの場合は抵抗が激減する遷移レイノルズ付近で飛ぶ事が多いので、差し引き抵抗減の効果が勝る事になります。
 水着でも剥離が始まる場所を狙って小さな突起を付けた事が有ります(これもディンプルと言われます)。しかし、水泳では流れが場合によって大きく変わるので、局所の限定的な条件を狙ったディンプルが常に有効に働くかは疑問です。有効に働かない場合は損失(抵抗)になります。
単なる突起だと上下を混ぜる以外ににも無駄な渦を作ります。
無駄無く上下かき混ぜる為に、流れの方向に軸を持つ渦を作るような角度で、小さな翼を植えたものを見かけます。一時飛行機の翼の上面の気流の剥離防止などにそういった渦発生器が多用されました。しかし、今は設計が進化したのかあまり見られなくなりました。いくら効率良く空気をかき混ぜても普段は損失となります。
ストライプ水着というのも、渦の方向を揃えて無駄を減らすもののようです。
ディンプルより進歩した水着と言えるでしょう。

 
 

造波抵抗 (戻る)

物体が水と空気の境を進むと、空気と水の密度が違う為に重力による波が発生します。
波を作る為に消費されたエネルギー=抵抗、となります。

速度が上がると波が大きくなり、波長が船の長さより長くなると急激に抵抗が大きくなります。
更に速くなると、船が波の山に乗上げてしまい、抵抗がが減少します。
船の場合は、高速では造波抵抗が全抵抗の大部分を占めます。
波の波長は船の大きさに関係無く波の速度で決まります。波は船のへさきで船の速度で作られるので、波長は船の速度で決まる事になります。
船の長さと波長の関係を表したのがフルード数です。

フルード数 (戻る

Fr又はFnと書きます。運動する物体が起こす波の波長と物体長さの関係を表しています。

Fr=V/√gL

V(m/sec)は速度 L(m)は長さ  g(m/sec2)は重力加速度です。
上記の他に長さを容積に置き換えた容積フルード数なども使われます。

 

 

*1

身近な流体力学
パリティ編集委員会

*

機械工学便覧 
第8編水力学および流体力学
第15編交通

*2

2001 Atkinsopht (03/24/02)
Rowing Computer Research 
Oarblade Lift and Drag

*3

水泳における自己推進時抵抗に関する流体力学的研究
高木 英樹*1,清水 幸丸*2,小段 範久*3